レパートリーシアターKAZE2013

第81回公演【新作】

ダンゼン・鉄はいくらか ―豚から生じないすべて……
Dansen/ Was Kostet das Eisen

2月21日[木]~25日[月]開演:平日7時/土日2時

作:ベルトルト・ブレヒト Bertolt Brecht 翻訳:岩淵達治
演出:江原早哉香 舞台美術:高田一郎 作曲:八幡茂
構成:フランソワ・シャファン FranÇois Chaffin 翻訳:大野舞
作曲・音楽制作:バンジャマン・クルシエ Benjamin Coursier
舞台美術:高田一郎 照明:フランソワ・シャファン FranÇois Chaffin
映像美術:ジュリアン・ドゥファイ Julien Defaye
衣裳:セリーヌ・リジェ Céline Liger〈マントゥール劇場 Théâtre du Menteur〉
音響:渡辺雄亮 舞台監督:長谷川敬久 舞台美術助手:佐田剛久
演出助手:白石圭司/田中悟 企画制作:佐藤春江

出演:辻由美子/栗山友彦/柳瀬太一/セリーヌ・リジェ Céline Liger
酒井宗親/車宗洸/木村奈津子/仲村三千代


助成:文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)


ブレヒト作品を上演し続けてきた風が、マントゥール劇場(Théâtre du Menteur/フランス)と協働で取り組む新作。

第二次世界大戦勃発の直前、亡命中のブレヒトが書いた『ダンゼン』『鉄はいくらか』の2作品を1本として構成する実験的上演。
演出は江原早哉香、構成はフランソワ・シャファン(マントゥール劇場 芸術監督)。第二次世界大戦勃発までのドイツの強引な外交政策と北欧諸国が屈服していく過程を見たブレヒトは、ダンゼン(デンマーク)やスヴェンソン(スウェーデン)、他国者=顧客(ドイツ)など、登場人物を擬人化した2つの政治的な寓話を描いた。今回、原作にない“語り手”(セリーヌ・リジェ)を登場させ、歌、詩などによって2つの物語を往き来しつつ、観客に、俳優に、人間たちに、世界に、去りゆく時間に問いかけていく。
演出の江原は「歴史を紐解き検証するのではなく、寓話劇として描くことで社会の様相を暴き、観客と語り合っていきたい」と語る。
昨年、浅野佳成脚本によるカミュの『異邦人』を協働し、叙事的上演の新たな可能性を見出したマントゥール劇場とともに、ブレヒト作品の持つ現代性・問題喚起力を発見し、その上演の可能性を探求する。


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ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場Teatrul Naţional “Radu Stanca”Sibiu


ゴドーは待たれながら 
Cineva m? a?teapt?...

3月1日[金]~3日[日]開演:平日7時/土日2時

作:いとうせいこう(1992年/太田出版)
構成・演出・出演:古木知彦〈ラドゥ・スタンカ劇場Teatrul Naţional “Radu Stanca”Sibiu〉
演出協力:コンスタンティン・キリアック Constantin Chiriac
プユ・シェルバン Puiu ?erban クリスティーナ・ラゴス Cristina Ragos
ドラゴシュ・ブハジアール Dragoş Buhagiar
ダニエル・プリエール Daniel Plier
舞台監督:長谷川敬久


ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場 芸術監督コンスタンティン・キリアックから、風の芸術監督 浅野佳成への提案により、同劇場唯一の日本人俳優である古木知彦による一人芝居『ゴドーは待たれながら』の日本凱旋公演の共同企画が実現した。本作品は2012年から同劇場のレパートリー作品として上演され続けている。ラドゥ・スタンカ劇場は2002年、レパートリーシアターKAZE開場3周年記念にドストエフスキー作『白痴』を上演し、初の日本公演を果たした。この上演は、翌年から開催している《ビエンナーレKAZE国際演劇祭》の礎ともなった。

サミュエル・ベケットの名作『ゴドーを待ちながら』をもとに、待たれるゴドーに焦点をあてた、いとうせいこう著によるひとり芝居。古木知彦がレパートリーシアターKAZEで上演し、人間存在の根源を問う。


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レパートリーシアターKAZE春の劇場体験週間

肝っ玉おっ母とその子供たち―あとから生まれてくる人たちに Mutter Courage und ihre Kinder

3月9日[土]・10日[日]開演:2時

3月7日・8日は〈春の劇場体験週間〉として近隣の中学校が鑑賞します

作:ベルトルト・ブレヒト Bertolt Brecht 翻訳:岩淵達治
上演台本・演出:浅野佳成
音楽:八幡茂 演出助手:江原早哉香
舞台美術・衣裳:アンジェイ・ピョントコフスキ Andrzej Piątokwski
照明:坂野貢也 音響:渡辺雄亮
舞台監督:佐田剛久 企画制作:佐藤春江

出演:辻由美子/柳瀬太一/工藤順子/田中悟/仲村三千代
佐野準/車宗洸/白石圭司/栗山友彦


第二次世界大戦が勃発した1939年、ブレヒトが亡命中に執筆した問題作。戦争によって街を奪われた人たち、そしてそこにあった生活をも奪われた人たちが〈あとから生まれてくる人たち〉に歌う〈自由と受難の劇〉。
17世紀のヨーロッパで起きた宗教戦争(三十年戦争)のさなか、幌馬車に商品を積んで軍隊を追いながら「戦争」で生計を立てている肝っ玉おっ母は、その代償としてひとり、またひとりと子どもを失う。しかし彼女は軍隊を追って、ひとり幌馬車を曳く……。


[レパートリーシアターKAZE春の劇場体験週間]

2005年から毎年、近隣の中学生に向けて[春の劇場体験週間]を実施しています。中学生が劇場を訪れて観劇し、終演後には舞台裏見学を行います。
また、演出家や出演者との座談会やワークショップを行うなど、「人が創意工夫する面白さ」や「人の手によってつくられる場」の面白さを肌で感じ、そこからひとつの経験を生み出すことができる、拠点小劇場ならではの企画です。

[東日本地域巡回公演4月~7月]

『肝っ玉おっ母とその子供たち』は、レパートリーシアターKAZEのオープニング記念公演として1999年に初演。その後、拠点劇場での上演を重ね、代表的レパートリー作品となりました。
2006年からは終幕に“あとから生まれてくる人たちに―”という詩の朗読を加え、全国巡演レパートリーとして高校生・中学生を対象とした上演を行っています。
今年は4月~7月まで東北・関東・甲信越で巡回公演を行います。


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ささやきの詩想レジスタンス―桜前線2000キロの旅
Les Souffleurs commandos poetiques Sakura Zensen―Journey over 2000km

4月2日[火]~14日[日]

構成・演出:浅野佳成/オリビエ・コント Olivier Comte

出演:東京演劇集団風の俳優20名
スーフルール・コマンド・ポエティックのメンバー12名


詩や哲学、言葉を街ゆく人々にささやきかけ、《現代社会で大事なことを考える一瞬を共有》する実験的街頭詩劇
劇場という壁から出て、公園、広場、美術館、学校などを舞台に、街ゆく人々と、芸術を通した自身や社会の“発見”や“感動”の体験を共有する試み。
日仏38人の書き下ろした詩をささやきながら、九州から東北までの2000キロを桜前線とともに北上する。
めまぐるしくスケジュール化された無機的な時間……そこからつかの間の時に立ち止まり、人々は、人生のなかの時間を少しだけ変える街頭詩劇の観客、共演者となる。

詩想レジスタンスは
生命に不可欠な詩的感情をもたらす力を持って
世界にまばたき そして実行する
気晴らしよりも芸術を
駆け引きよりも本質的なものを

【スケジュール(予定)】

4月2日[火] 福岡:福岡市内
4月4日[木] 広島:平和記念公園/岡山:旭川河川敷
4月5日[金] 京都:京都市内
4月6日[土] 愛知:名古屋城
4月7日[日] 東京:東京ミッドタウン
4月9日[火] 福島:福島市内
4月10日[水] 仙台:仙台市内
4月11日[木] 気仙沼:気仙沼市内
4月13日[土] 東京:東京国立博物館
4月14日[日] 東京:アンスティチュ・フランセ東京

【オリジナルテキスト創作詩人・作家 (順不同)】

池澤夏樹/関口涼子/管啓次郎/玄侑宗久/寺澤 正/丸山常生
谷口ジロー/くぼたのぞみ/中村和恵/清岡智比古
折原みと/俵 万智/和合亮一
フランス人作家25名

協力:Printemps des poètes(詩人たちの春) 合計99篇

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レパートリーシアターKAZE第11回凱旋公演

ヘレン・ケラー ~ひびき合うものたち

7月22日[月]~24日[水]開演:平日7時

※当初の日程を変更し、上記の日程で上演いたします。

作:松兼功 演出:浅野佳成
音楽:小室等 舞台美術:上田淳子 照明:塚本悟
音響:渡辺雄亮 衣裳・舞台監督:長谷川敬久 演出助手:江原早哉香 製作:佐藤春江

出演:白根有子/渋谷愛
保角淳子/酒井宗親/中村滋
緒方一則/佐藤勇太/清水菜穂子


求め合う者たちの心と心の出会い
生まれて間もなく光と音の一切を失い、自分の考えを伝え、表現できないもどかしさを抱えるヘレン・ケラー。一方、最愛の弟を亡くした絶望の淵に立ちながら、恩師アナグノスの下を離れ、家庭教師としてヘレンのもとへやって来た20歳のアニー・サリバン。ふたりは「相手を理解したい」「自分を理解して欲しい」と、身体ごとの〈対話〉を重ねる。そしてふたりの〈対話〉はやがて家族と周囲の世界を巻き込んでいく―。障がいの克服という視点で語られがちなヘレンとアニーの物語を、人間の幸福感とは何かを問いかけながら、異なった者同士として、人と人とが受け容れ合い、交流していく可能性の物語として描いた風の代表作。

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第82回公演【新作】

なぜ ヘカベ

9月4日[水]~11日[水]開演:平日7時/土日2時

※当初の日程を変更し、上記の日程で上演いたします。

作:マテイ・ヴィスニユック Matéi Visniec 翻訳:谷島貫太
演出:江原早哉香
舞台美術・衣裳:アンドラ・バドゥレスコ Andra Baduresco
照明:フランソワ・シャファン FranÇois Chaffin〈Théâtre du Menteur〉
音楽 :バンジャマン・クルシエ Benjamin Coursier〈Théâtre du Menteur〉
仮面制作:エリック・ドニオEric Deniaud〈Le Collectif Kahraba〉
音響:渡辺雄亮 照明オペレータ:坂野貢也 美術スタッフ:佐田剛久
舞台監督:長谷川敬久

出演:辻由美子
坂牧明/白根有子/栗山友彦
酒井宗親/柳瀬太一/柴崎美納 ほか劇団員全員出演

著作権代理:㈱フランス著作権事務所


ギリシア伝説トロイア最後の王妃『ヘカベ』を現代に甦らせ、権力闘争と戦争と悲劇、人間の業、社会への怒りをその姿に描く。演出は江原早哉香、仮面・コロスを使い、劇団にとって新しい領域の創作活動に挑戦する意欲作。

19人の子どもを戦争で失い、犬とさせられたトロイアの女王ヘカベの呻き。彼女の嘆願を、叫びを、哀しみを、過去から今に響かせる時、私たちは何を聞くことが出来るのか―。
ヘカベの業・悲劇は現代も繰り返されている。

マテイ・ヴィスニユックはチャウシェスク政権下のルーマニアからフランスに亡命し、作家活動を行っている。世界11カ国で戯曲、詩、小説が出版されており、フランス作家同盟(SACD)ヨーロッパ賞を受賞するなど、高い評価を受けている。

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レパートリーシアターKAZE第12回凱旋公演

Touch ~孤独から愛へ Orphans

12月23日[月・祝]~25日[水]開演:平日7時/祝日2時

作:ライル・ケスラー Lyle Kessler 翻訳:小田島恒志
演出:西垣耕造
舞台美術:水野統夫 作曲・音楽制作:八幡茂
照明:坂野貢也 音響:酒見篤志 照明オペレータ:森本晃将 舞台監督:佐田剛久
出演:柳瀬太一/佐野準/佐藤勇太


アパートの一室に暮らす孤児の兄弟。弟はアレルギーの発作に怯え、窓を開けることすらできない。兄はふたりの生活を守るため、窃盗やかっぱらいで小銭を稼ぐ。ある日、兄の前に、自分も孤児院育ちだと話す謎の男が現れる。彼は、この見捨てられた兄弟を“デッド・エンド・キッド(行き止まりの子ども)”と呼び、兄弟のもとに留まる。そしてはじまる3人の生活。
孤独な魂が、人を求めて寄り添い、すれ違い、また出会う。Touch―人と触れることを通して、生きる証しを掴もうとする魂の孤児たち。
各地の教育現場や地域活動において“コミュニケーション・ワークショップ”を展開している西垣耕造による演出。
今年も3カ月間の九州ツアーを経て、拠点劇場にて凱旋公演!

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2014年― 第83回公演【レパートリー作品】

カミュ生誕100年 異邦人L'Etranger

1月20日[月]~27日[月]開演:平日7時/土日2時

作:アルベール・カミュ Albert Camus 脚本:浅野佳成
演出:白石圭司 翻訳:窪田啓作(新潮文庫刊)/谷島貫太
作曲・音楽制作:バンジャマン・クルシエ Benjamin Coursier
照明・舞台美術・音響:フランソワ・シャファン FranÇois Chaffin
〈マントゥール劇場 Théâtre du Menteur〉
舞台監督:長谷川敬久 舞台監督助手:佐田剛久/清水菜穂子 衣裳:木村奈津子
照明オペレータ:坂野貢也 音響オペレータ:渡辺雄亮 演出助手:江原早哉香
協力:ガリマール出版社/カトリーヌ・カミュ
  著作権代理:㈱フランス著作権事務所

出演:中村滋/栗山友彦/緒方一則/渋谷愛
車宗洸/田中賢一/坂牧明/酒井宗親


「お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはない。嘘をつくという意味は、無いことを言うだけではなく、あること以上のことを言ったり、感じる以上のことを言ったりすることだ」(カミュ)。昨年、カミュの遺族代理人、ガリマール出版社、在日フランス大使館の全面的協力の下、芸術監督 浅野佳成の脚本により初演し、高い評価を得た作品。今回、遺族代理人からの強い要請を受け、生誕100年を記念して再演する。死すべき存在としての人間の不条理を見つめたカミュのまなざしに、いま、人が生きることの自由を問う。

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