『肝っ玉おっ母とその子供たち』の初演は、1999年レパートリーシアターKAZEのオープニング企画として上演した。
その後、ブレヒト研究家として高名なドイツ文学者の岩淵達治さんが、翻訳だけでなく、自らが関わった『肝っ玉』上演台本をはじめ、ブレヒトと自身の上演作品の資料や原文の読み直しに到るまで様々に協力してくれ、再演に再演を重ねることになる。
2000年9月
2003年4月
8月
2004年5月
10月
2006年3月 |
レパートリーシアターKAZE
レパートリーシアターKAZE
レパートリーシアターKAZE
藤田省三追悼公演 レパートリーシアターKAZE
トリプル受賞記念公演 レパートリーシアターKAZE
ブレヒト没50年記念公演 レパートリーシアターKAZE |
この間、アンナ・フィアリング役(肝っ玉おっ母役)を演じる辻由美子が、その持てる力と実践を活かして、どんどん演出が変化させていく舞台を常に新鮮に、洗い直し深みを増してくれた。彼女の歌も素晴らしい。
結果、2004年2月 読売演劇大賞個人賞(辻由美子)・湯浅芳子賞(演劇上演部門団体賞)・4月 倉林誠一郎賞(団体賞)と、この年に劇団と辻由美子は3つの賞を受賞することになる。が、しかし社会的評価・演劇専門家や評論家の評価と若い観客の舞台の受け止め方にはある種のずれがある。今を生きる若い観客が、よりアクチュアルに(現実感を持って)この舞台を感じ取ってくれるには、まだ時間が必要だと感じていた。
けれども2006年3月の東京公演を契機として、劇団が創立して20年目にやっと、そのブレヒト作品を若い観客たち(高校生や中学生)の前で上演する機会に恵まれた。
初めてのステージは宮崎県の定時制・通信教育を受ける生徒たちを対象とした宮崎市民文化ホールでの合同公演。その後、九州地区の先生方の理解と助力によって『肝っ玉』を54ステージ、九州地区の教育の現場で上演することが出来たのは、劇団はじまって以来の快挙だと思っている。
旅公演の出発の前、2006年の夏から秋にかけて、劇団は気も新たに、もう一度ブレヒトとその戯曲に向き合うことになる。ブレヒトの作品を真に(演劇として楽しくそして遊戯的に)高校生や中学生に見せられる、そんな実力を持った劇団にしてみたいというのが稽古場の意気込みであり合言葉だった。主演の辻由美子も旅の初日を迎えるまで、いつになく緊張気味だったのを覚えている。
この作品は第二次世界大戦中にスイスのチューリッヒで初演されて以来、ヨーロッパで大評判となり、戦場で生きる民衆(庶民)の姿を描いた20世紀の名作として今もなお世界の各地で上演され続けている作品である。それに加えて今回は、台本構成や演出に、戦争反対にとどまらず「生きる」「生きがい」という観客が多様な受け止め方が出来る視点を入れてみた。
初の旅公演54ステージを終えてみて、幸いにして若い観客たちの感受性は、その関心を戦争から人々へ、人々から家庭・家族の問題へと移行させ、また、戦争・平和へという問題に循環させてくれたように感じた。嬉しかった。
戦争、この限りない悲惨さの発見と同時に、このような苦境にあってもなお生き続け、笑い、泣く、人間の原初的な生きることへの執着、力強さを発見し感じてくれたらと思う。ブレヒトに倣って『あとから生まれてくる人たちに』という詩の朗読を芝居に挿入してみた。
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あとから生まれてくる人たちに
あとから生まれてくる人たちよ
もう人と人とが戦う戦争は
あなたの時代では
なくなっているのでしょうか?
殺しあったり だましあったり いじめたり
もうおびえながら暮らす人など
きっと誰もいないと思います
あとから生まれてくる人たちへ
きっといい時代に生きていることでしょう
人と人とが愛し合い
お互いを認め合い 助け合える
そんな時に生まれてきたかった
私たちはなにもつくれなかった
あとから生まれてくる人たちよ
それとも苦しみは
続いているのでしょうか?
でもどうか忘れないでほしい
こういう時代のあったことを
運命はつくり出すことが出来るなら
まちがった生き方をした時代のことを
あとから生まれてくる人たちへ
たまに思い出してほしい
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この芝居に触れて、若い観客たちが様々にブレヒトとその時代精神をイメージしてくれたら、そして今の時代の歪みに、あるいは輝きに、そして生活や身のまわりの何かを感じてくれたらと願う。
(2007.5.13 あさの・よしなり)
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