作:松兼 功
ヘレンケラー写真01

幼少の頃の病がもとで、盲、聾、唖の三重の障害を持つ少女ヘレン・ケラーと、若き教師となったアニーサリバン。2人の出会いは多くの人達に影響を与え、感動を持って受け入れられてきました。

私たちは作家、松兼功氏との出会いから、彼の言葉や、"生きる"ことに対するたくましさに触れ、もう一度2人の出会いを見つめ直してみたいと考えました。障害を抱えながらも湧き上がる好奇心をそのまま身体いっぱいに表しているヘレン。多くの悩みや苦しみを抱えながらも、自らの夢と、ヘレンに対する興味に向かって突き進んでいくアニー。

繕いや体裁を超えたところの2人の出会いは、とりまく家族や友人たちの心を少しずつ揺り動かしていきます。それぞれの人々の抱えた、他人に対する愛情、期待、そして不安…それらが入り混じっていくなかで人と人とがひびき合っていく瞬間。

『ヘレン・ケラー ひびき合うものたち』は生きる勇気と可能性の物語です。
演出:浅野佳成
音楽:小室等
舞台美術:上田淳子
照明:武藤聡
効果:橘川順之
ヘレンケラー写真03
ヘレンケラー写真08
 
自分らしい明日を探しているすべての人々へ
松兼 功

この物語は、前半のプロローグを別にして、アニーとヘレンが出会い、二週間の共同生活を送る前後一ヶ月ほどの期間を題材として書かれた物語である。
従って、この二人の出来事の中に、あまり偏ったテーマを創出される上演を私は好まない。
私にとって、彼女とアニー・サリバンの偉大さは、三重苦を乗り越えた女性、ヘレン・ケラーにあるのではなく、また彼女の生涯の断片を描くことによって、「ものには名前がある」という言葉の大切さを学ぼうとも思わない。
私自身、脳性マヒによる重度の障害を持ち、ある意味では他の人より重い生活を強いられてはいるが、私はこの障害を乗り越えようとは思わない。この障害とつきあいながら、私は友人と酒を飲み、語らい、家族とも語らう。
ヘレン・ケラーが私にとって偉大なのは、アニー・サリバンとの間に生まれた通じ合う心の波を、ケラーやケート、そしてジミーやビニーなど、家族や知人に伝え、そしてその波を世界中の人々に広げていったことだと思う。彼女は三重苦と向き合いながら、アニー・サリバンとともに世界中の人々と語り合った。
この二人を結びつけたのは、飽くなき人間への好奇心と愛情の交換であり、それが教育のエッセンスだと思う。
そういう意味では教育の可能性ということが、強いて言うならばこの物語の小さなテーマであるといえるかもしれないが・・・・。
人と人とが出会うためには様々な障害がある。
その障害を抱えながら、なおも人と人とはつながっていくべきだ。
私はなおもこの時代にあって、教育に絶望していない。

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