「善」 と 「悪」、「天」 と 「地」
―その引き合いのなかで生きる人間たちを描いた寓話劇

「一人の善人でも見つからぬ限り、世界は存続するわけにはいかない」と3人の神様が真の善人を探しに地上に降り、通りすがりのセチュアンの町で、唯一の善人、娼婦シェン・テに出会う。神様は「生きていくためには善人ではいられない」という彼女のジレンマに耳を貸さぬまま、善人を見つけたことに安堵してセチュアンを去ってしまう。
案の定、シェン・テが神様から与えられた金でたばこ店を持った途端、大勢の居候や自称親戚、債権者が押し掛けてくる。
婚約者の非道な行為、店の破綻、お腹に身ごもった新しい命。
シェン・テは利己的な人々から身を守るため、情け知らずで貪欲な従兄弟シュイ・タの個性を身につける―善良な人間は我々の世界では生きられず、善良なままではいられないからだ。

東京演劇集団風は創立25周年を迎えた2012年、芸術監督 浅野佳成の演出、劇団員総出演により『セチュアンの善人』を初演しました。
劇団創立以来、ブレヒトが提唱した〈身振りの演劇〉と〈叙事的演劇〉が現代においてどのような役割を果たすのか、またレパートリーシステムを取り入れるなかで「舞台と客席」における応答関係を考察し続け、娯楽のなかで眠らされている人々の心にどのような立ち止まりの機会を提示できるのかを問い続けてきた、風の活動の集大成ともいえる作品です。
さらに長年の交流を続けてきた海外のアーティストたち―フランスの俳優オリビエ・コントと街頭詩劇“スーフルール”のメンバーを招聘し、衣裳はポーランドのズザンナ・ピョントコフスカが担当。
繰り返し上演し続けてきたブレヒト作品の実践と実践的効果、またレパートリーシステム・海外交流を取り入れた劇場のあり方とその質を今一度問い直しながら、「善」と「生きること」の狭間に引き裂かれるひとつの魂を通して、客席とともに〈いま〉の課題と〈人が生きる意義〉を見つめ直します。

作:ベルトルト・ブレヒト
翻訳:岩淵達治
脚本・演出:浅野佳成
音楽:パウル・デッサウ © SUHRKAMP VERLAG
編曲・音楽制作:八幡茂
舞台美術:高田一郎
衣裳:ズザンナ・ピョントコフスカ
照明:塚本悟
歌唱指導:八幡光子
演出協力:佐藤薫