返信ありがとうございました。
観劇させていただいたのは限りなく初演に近い「肝っ玉」です。 いわば青春を感じさせる、爽やかで誠実な舞台という印象でした。
あれからずいぶんたって、ついこの間ある冊子を広げたところ、新進気鋭の演劇人たちの座談会が掲載されているのを目にしました。 その中に「・・・・・その場合には演出者や役者が、今の観客をどのくらいよく知っているかということと切り離しては考えられないわけだ。それをやるには本当に芸が必要なんですよ・・・・・」という一節がありました。本当に古い、自分が生まれる前の『文学』でしたが。 そのときに「肝っ玉」を思い出しました。 演出や俳優さんの問題、またはこだわりはとても伝わりましたが、観客である私たちを振り返させる、観客側の問題は、青春の陰に隠れて、私自身は見つけることができなかったかもしれません。 もうあのころのキャストで、とは行かないのでしょうが、年数を重ねた分だけの〈人間のドラマ〉として、「肝っ玉」の世界と再開できるチャンスがあったら、と思い予定をお伺いいたしました。
学校での公演も多いとお聞きします。 10代の、いくばくかの過去と、輝ける未知なる未来を持つ観客へのアプローチはすばらしいことと思います。 しかしまた、いくばくかの未来と、千一夜の語り部にもなれるあふれんばかりの過去を抱えた観客もあるのです。
私としては、まだこの舞台を観ていない方々へ、過去を抱えて「肝っ玉」をご覧になってみることをお勧めします。 観た方は、劇団が、時代と人間に対して隠さずに真っ向から対しているか、もう一度確かめにいくのも面白いかもしれません。 観客の特権で、少し意地悪な見方なのかもしれませんが、もしそうであったなら、この時代に自分が欲していた「人間」の物語に出会える予感がありますね。
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